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第一節 「ファルネ」-A

『なぜ世界は二つに断たれたままなのか。私には分からない。
人類は開発と大戦によりこの星を荒廃させ、大地の過半を失った。
わずかに残った居住可能地区にタワーを建て、今もなお自然を犠牲にして生き永らえている。
一方で彼ら新人類と呼ばれる【アウラドの民】は、汚染された自然を再生することを目的とし生きている。
禁忌とされた技術、クローニング(彼ら曰くライフィング)により生命を複製・増殖しながらではあるが。

ヒトにとって生命の複製、特に人命の人為的複製は最大のタブーだ。
だから、造られたヒト・アウラドを忌避する理由も分かる。
だけど――世界はこの先もずっと、ヒトの国【レイメイ】とアウラドの民の国【エルゼム】とに、分かれたままでいいんだろうか……』


考えすぎてパンクした頭に、チャイムの音が響いてきた。
(ふわぁ。んぅ、あれ?)
私は寝ぼけたまま周囲を見渡す。が、どうも教室の様子がおかしい。そもそも教室じゃない。
狭いブースの壁が四方に見えるだけ。これじゃまるで試験用の個室……と、そこで全てを思い出した。
(げっ、私、追試中に寝てたぁっ!?)
慌ててタブレットを覗き込むも時間切れ。回答はもう先生宛へ送信された後だった。

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「はは、やっちゃった……論述問題、白紙……あはは」
再追試は確定だ。私は椅子に崩れ、ずるずる滑り落ちた。
『一級生、涼風若葉さん。映像オンに』
「はーい……」
ヘッドセットから環境学担任の声が聞こえる。採点がもう終わったんだ。あーあ。
『おや、朝見た時とずいぶん表情が違うね』
画面の中のナイスミドルは、さっそく柔らかな苦笑を漏らした。私はこの人のこの顔に弱い。
ひとまずは素直に謝った。
「父さん、ほんとごめん。半分寝てた…」
『はは。学園内では“先生”って呼んでね』
「はーい、涼風教次郎名誉教授大先生」
モニター越しの父さんは、相変わらず苦笑を浮かべながら、私の答案を画面に表示させる。
まずい。次に何か言われる前に先手打たなきゃ。
「あ、あの! あのさ。間違った問題、やっぱ全部解説する? できれば帰ってから聞きたいんだけど……」
図々しいのは分かってる。でも今こうしている間にも、リハの時間が迫ってて気が気じゃない。ライブのことばかり気になって、正直、勉強なんて頭に入らないし!
『大事な用があるのは知ってるよ。だからこそ、最後まで回答して欲しかったなぁ。一番いいのは、本試験で一発合格してもらうことだけど』
「うっ」
『連休なのに追試なんて、お互いイヤだもんねぇ』
「父さぁんっ。も、もうホントに時間ないの。リハどころか下手したら本番もっ」
学区からセントラルタワーにあるステージまで、直線で飛んでも半時間はかかる。しかも今日は野外フェスの日。もし空路にまで交通規制がかかってたらジ・エンドだ。
『はいはい。じゃあ結論だけ言うよ。涼風若葉さん、65点で追試は合格』
「うそ、奇跡!」
『ただし論述問題は基準点を満たさなかったため、別途レポートを提出するように。
……って、若葉ちゃん? 涼風さん!』
「ありがと、父さん。もうライブ始まるから行くね!」
『こ、こら。ライブなら録画のを見れば――』
「今日は演る方なの! じゃね、大好き!」
私は最低限の荷物をかき集めてブースを駆け出る。もう頭の中はフェスのこと一色だった。

――――――――――

「うっわ、混みすぎ」
祝日の中枢街。あらゆる道は人々で埋め尽くされ、賑やかな熱気に包まれていた。
無理はない。今日は建国記念日を含む大型連休の初日であり、レイメイ最大規模の野外音楽フェス幕開けの日でもある。
(まあ、人が多いのはいいんだけど。なんかやけに警備が厚いような)
建国記念祭典を狙うテロでも警戒してるのか。例年より厳しい交通規制も相まって、道という道は、他人を押しのけ進むなどできないほど混雑していた。
「ご、め、ん……どいて、どいてぇっ!」
「あぶねーだろ、気をつけろ!」
「ごめんなさーい!」
私は息切らせながらショッピングモールへ滑り込む。が。
「う、ぐ、さらに激混み!?」
こっちは楽しげな家族連れに、幸せそうな恋人同士、目を輝かせてブティックを回る少女にお姉さんたち。落成したばかりのモールは、今来た道以上の人出で私の行く手を阻んでいる。
(ここさえ抜けたら会場なのに……間に合うかぁ?)
もう即断しか許されていない。
私は意を決してモールの入り口へと駆け戻った。
「はあっ、はぁっ。こうなったら、ここからふうちゃんで飛ばすしか!」
どこかマイクロボードを展開できる場所は……そうだ、あそこ。あのガードレールの上からなら!
「すみませーん、のいてくださーい!」
脇に抱えていたボードを目立つようにして振り上げ、もとい掲げ、人混みの中を掻き分けてゆく。
みんなが驚いて空けてくれたスペースで私は加速してポールへ飛び上がり、勢いづけて愛機のボードへと跳躍した。

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「ちょっと無理するけど、ごめんねふうちゃんっ」
「すげぇ、パフォーマンスか!?」
「もうこんな時間……宗雄テンパってなきゃいいけど」
人混みも気にせずエンジン全開。目指すはフェス会場の一つ、セントラルタワー国立公園ステージ。
6歳で免許取得してから11年で培った運転技術で、私は渋滞の大通りを縫っていった。
(リィナとこまきは、ライブ前と寝起き状態での運転は禁止って言ってたけど……今日ばかりはしょうがないよねっ)
ボール状のサーキュラーを繰ってさらに速度を上げる。
よし、タワーのゲートが見えてきた。と思った瞬間、爆発にも似た大歓声が両脇の街頭ディスプレイから轟いた。

『Growth Century……ダブルオーセブンティスリー!』

「うっわ、本番始まった!? 神様ご慈悲を!」
タワーに設置された巨大なディスプレイが、フェスのオープニングを中継している。
ド派手なドラムのアドリブソロに、湧き上がる観客の雄叫び。音のシャワーを浴びながら私はさらにアクセルを吹かす。もう、髪なんてぐっちゃぐちゃだ。
(待っててみんな。ほんとにもうちょいだから!)
モニターは見てないけど、この演奏は宗雄のだ。
パワー馬鹿一辺倒のようで、その実テクニカルなドラムが着々と観客をヒートアップさせていってる。
けど……さすがにアドリブが長すぎた。そろそろ、観客のざわめきが混じって聞こえ始めた。
『早くヤれよ“さぶれ”、何やってんだ!』
『あーあーテステス。もうすぐレイメイ建国17周年、めでたいっすね! えー、あー、そうだ。しょっぱなだが、メンバー紹介行くぜぇ!』
(う、わ、グダグダ……早く、早く着けぇっ)
大きく旋回。セントラルタワー国立公園50階のゲートを突っ切り、私は何とかふうちゃんごと関係者エレベータへ飛び込んだ。
『IDを』
「バックステージパス参照!」
『照合しました。201階、屋上へ参ります』
「早く!」
高速エレベーター特有のイヤな重圧に顔をしかめつつ、サーキュラーを握り直す。
ここには現地を中継してくれるモニターなんてなくて、もう外の様子は分からない。個人の端末では外部への連絡もできない。
今私にできるのは、ドアが開くのと同時に飛び出してステージを目指すことだけだ。
『201階、屋上です。ドアが開きます』
「おっけ。そだ、私が行くこと、あっちのスタッフに伝えて」
『了解しました』
正面のドアが開くのと同時に、屋外の騒音が聞こえる。それは大量のブーイングとドラム音、そして宗雄の半泣き声だった。
でも気にしてる時間も惜しい。
私はフルスロットルで飛び出した。観客席左側から旋回して、直接ステージに上がる!
「下がれムネオ、降ーりーろ!」
「む、宗雄じゃねぇ、俺ぁミロク、及川弥勒だっつってんだろ! 分からねぇ奴にゃもっかいメンバー紹介してやる! そっちのちっせぇウィルビースが、新藤=ちっせぇちっせぇ=こまき! そっちの無愛想が、キーボード兼リーダー、牧瀬=最年長ドS=リィナ!」
「おい!私んこと何回ちっせぇ言った!?」
「俺だって自分でナニ言ってるか分かってねぇよ! くそっ、んで、ここにいねぇのが……ヴォーカル兼ウィルヴィクター、涼風=遅刻魔王=若葉だ! つーかもぉダメだ、早く来てくれぇ!」
(泣くな宗雄、ねばれ!)
野太いドラムに混じって情けない声が聞こえて、あやうく気と力が抜けそうになる。
(べ、別のこと考えて気を逸らすか……えーと)

――今日の戦場は国立公園塔屋外ステージ。
集客数約1300人、全天対応はもちろん、
中枢街有数の景観に囲まれていることなどから人気のステージだ。
激しい選考を勝ち抜いた精鋭のプレイを楽しもうと、耳の肥えた客たちが今まさに待ちかまえてる。
ボーカル遅刻のせいで会場の雰囲気は完全にアウェイ。
その中でトップを飾るバンドの名は「Thunder BrAVE」、4人編成。通称・さぶれ!
「こうなったら俺が歌うか? それで解散かっ?」
「……落ち着きなさい」
「そーそ。若葉のことだし、今にも直接ステージに上がるくらいの荒技見せたりしてねー」
よし、行ける! 私はメンバーやスタッフに気付いてもらえるように絶叫した。
「……いてーっ、どいてーっ!」
「なんだ? おおぅ!?」
エレベーターのAIからの連絡で、スタッフが対応してくれたのだろう。舞台脇に、私とふうちゃんが止まれるスペースが大急ぎで準備されている。
あとはあそこに止まれば完璧。という瞬間に、それは起きた。
サーキュラーが、イヤな空振り感を伝えてくる。
「まさかブレーキ……? う、わ、ブレーキ効かないっ! ノーッ!」
「おおおっ、ボーカル来たぞ! 早く上がれー!」
「は、はーい! ……止まるならあそこしかないか」
ごめんねふうちゃん、死なないで!
心の中で唱えながら、私はステージ脇のバルーン群目がけて突っ込んだ――
「え、え、若葉アンタっ、えええええっ!?」
――パンッ、パパパパパッ! パァンッ!
バルーンたちが弾け続ける音に紛れて、こまきの悲鳴が微かに聞こえる。
こ、こんなフェスデビューってない……
そんな下らないことを考えている内に、私とふうちゃんはようやく止まった。
「げほ、ぇほ……助かったぁ」
「……若葉、まだ助かってない。行ける?」
「リィナ! うん!」
観客もスタッフもメンバーもぽかーんとしている中、リーダーのリィナだけが冷静に私の手を引き上げてくれる。
そうだ、まだ始まってもない。
私はもうひとつの愛機、ウィルヴィクターを手にステージへと躍り出た。こっからが正念場だ!
「すぅ……みんな、待たせてごめんね! 遅刻魔王・若葉、参上! んじゃ早速イキますかーっ!?」
「おおおおおおおお!」
ウルグのボディをド派手に一撫で。
脳内スイッチを切り替えて、宗雄に目配せする。
大きく息を吸うと頭の隅々まで冴えてくる。今目の前には1300人ものオーディエンスがいる。
私は無意識に不敵な笑みを浮かべ、唇を開いた。

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「――LOVE THE BRIGHT DAYS!」

空高くgo away 舞い上がる 風相手に
ご機嫌の BEST POSITION!!!!
紫色 まつげの先に 大胆不敵DAYS☆

大好きなものは 全部持っていたい
欲張りにもっとラッキー MAKING
ないものねだりは 意味がないくらい
助走つけ 飛び跳ねてたい

Jumpin'
二度とこない今日 華麗にPUNCH!
手のひらから 飛び出せstar dust
Find me
Thank you for your smile
熱い想いRUN ミラクル起こせ!

最高の愛はどこ?
Please tell me My GOD 運命の法則

to be continued...

第一節 「ファルネ」-B new025_11.gif

「……若い者はいつの世も軽薄を好む」
どことも知れぬ一室に3つの人影があった。壁面を埋めつくすモニタたちに映った少女を見上げ、何者かが眉をひそめた。
「おや、愛らしくていいじゃないですか」
「愛らしくてどうするのだ、若者が。全く…自分らが守られていることすら気付かずに」
「――ふたりとも本題に。子どもたちが如何様であれ、“これ”は我々大人の仕事だ。彼らは何も知らぬまま、次世代の主となればいい」
「おっしゃるとおり。ですね?」
「分かっている。再生された楽園を、禁忌の者たちから奪い上げる。あのとき出来なかったことを、今こそ」
何者かはそこで息を吐き、モニタから視線を逸らした。
「それにしても浅はかな。あの天才の末裔が、あの秀才の娘が、こんなつまらぬ育ち方をするとは」
「嘆かずとも。説教ならば新世界で存分に」
「……確かにな」

――――――――――

「――はあっ、はあ! 今日は、ほんと、みんなありがとう! アンコールできなかったけど、他の曲はいつでもライブハウスに聞きに来て!」
「さぶれ帰んなー!」
最初は不信感全開だったオーディエンスが、今や心底終演を惜しんでくれていた。
みんなの熱狂につられて私たちの演奏も過熱して……気がつけばもう持ち時間も終わり。
「若葉、こまき、宗雄」
「ん、リィナ」
名残惜しい気持ちを分かち合うように、私たちは頷き合う。そして、再びマイクを握った。
「ありがとう、まだまだ歌ってたい気分だよ。次は寝坊しないようにするから……また一緒に歌おうね!」


「んじゃ行きますか。改めまして乾杯!」
「おっつかれー!」
緊張感から大解放された私たちは、殺風景な小部屋の片隅で祝杯をあげていた。
ささやかながら、ここは出演者用の楽屋。祝杯は自販機で調達したコーラだ。さすがに全部私のおごり。
「くぁー! やっぱこの一杯に生きてるって気がするよなぁ! な、リィナ!」
「……ジュースで何言ってるの」
「未成年だししゃーねーだろ? なあこまき」
「まあね。むーにゃんは見かけに寄らず若いもんね!」
「はいはいはい! ともかくお疲れ様、お疲れ様! 
リィナも宗雄も、こまきも。今日はほんとにごめんねっ」
ペコ、ペコ、と、私はまた紙カップ同志の乾杯をして回る。あんまり調子良く謝る姿に、クールなリィナも苦笑した。
「あなたのことだし、なにかやってくれるとは思ってたけど。結果オーライで良かったわね」
「あー、リィナはなんで若葉に甘いんだよ。てか俺にだけ厳しいのはなんでだー」
嘆く宗雄にこまきがざっくり。
「そりゃ愛の差でしょうよ。若葉の方が可愛いし、許せるのっ」
「ほんと!? えへへ、リィナもこまきも好きー」
「好きはいいけれど――」
「単位は取りなよ。あと寝坊癖も治すことっ」
「うん! ふうちゃんにも、無理ばっかさせられないしね」
「若葉……」
ふうちゃんの名前を口にすると、さすがにトーンが下がってしまった。
私を運んでくれた愛機は、思った通りフロント部が破損していた。起動もしない。
普通のボードなら、あの程度の衝撃で壊れない。でもふうちゃんは、父さんに譲ってもらった20年前の旧式だ。
元々動きが鈍かったけど、今回の衝突がとどめになってしまった。
「若葉、パーツは?」
「ううん」
リィナに聞かれて首を振る。
フェスの合間に、散った部品を探させてもらったものの、全てを見つけることはできなかった。
「若葉の父さん、直してくれたらいいね」
「うん……」
「お、俺ぁ大丈夫だと思うぜ。なんとかなるだろっ。なんなら、打ち上げは次に持ち越しするか? 早く帰って親父さんに相談してぇだろ?」
「あ、いいねぇむーにゃん。ね、ね、リィナもいいよね」
「ええ」
3人から揃って勧められて、私は慌てた。
「で、でもっ」
「でもじゃないの! こっちはこっちで楽しんどくよ。他のバンド見ててもいいし、むーにゃんのトーク術をリィナと一緒に鍛え直しててもいいし。ビシ、バシと」
「俺っ!?」
「――いいわね。こまき案を採用しましょう」
「みんなぁ……」
本当ならこの後もフェスをみんなで楽しむ予定だった。
けど、心半分どころか頭一杯に風太のことしか考えられない。ちょっと残念だけど、今日はみんなの好意をありがたく受け取ることにした。
「ありがと、みんなっ」
メンバーの心遣いに甘え、私は早足でセントラルタワーを後にする。
幸い、ボードもウィルヴィクターも手に持って帰れる程度の軽さなので、まとめて背負って帰路についた。

セントラルタワー国立公園70階駅からフォークラインに乗る。
タクシーを使えば直接部屋の前まで帰ってもらえるが…それなりの運賃となるのでそれはやめた。
久しぶりのフォークラインの車内、私は窓辺に立って景色の流線を眺める。
私が住むのは、中枢街の最大居住区。超高層のタワーが立ち並ぶ場所の一角にあるマンションだ。
戦争などの人災に自然災害が度重なり、未解明のウィルスによる病疫も蔓延してしまっていたこの星で、ヒトが暮らせる土地はごく僅かに限られてしまった。
人口自体は減っているのだけれど、残された人々が協力して生きていく為に人口密度は急騰することになる。
それに対応するため開発されたこの地区は、昼夜を問わず終始賑やかだった。
お祭りムードの街並みを見下ろして、ふと思う。ずっと風太といたから、電車と徒歩で帰るなんて久しぶりだ。

『IDを』
「住民票を参照」
『照合しました。83階へ参ります』
またエレベーター特有の圧力を感じるが、セントラルタワーのものほどじゃない。ウチのマンションはレイメイ建国前の建築物で、エレベーターも速度がやや緩やかなのだ。
ちなみに宗雄のとこの最新マンションは瞬速移動装置を採用してて、どの階にもあっという間に行ける……なんて聞く。
けど、移動までのアナウンスがやたら長いってぼやいてたっけ。
『83階です。ドアが開きます』
「はいはーい」
柔らかい振動とともに、エレベーターが止まった。
お、明かりが漏れてる。父さんも帰ってるな。
「ただいまー。うわぁ、良い匂い」
家のドアを開けると、スパイシーな香辛料とにんにくの香りが出迎えてくれた。
ふうちゃんを壊して傷心中ではあるけれど、お腹は減る。
乙女のくせにやたら元気な胃腸を憂いていると、台所の方からドタドタ賑やかに父さんがやってきた。

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「おかえり若葉ちゃん! ご飯にする? ご飯にする? それともご飯かい?」
「…ご飯ばっかだ」
「今ちょうどカレーができたんだよ。アツアツの方が美味しいでしょ?」
「あー……じゃあ、ご飯で」
「はーい! って、どうしたの。暗い顔して。遅刻のことみんなに怒られた?」
「ううん、それは平気……いや、怒られたけど。それより、あの……ふうちゃんが動かなくなっちゃって」
もらったものを壊した気まずさから、つい声が小さくなる。が、父さんはあっけらかんとしたものだった。
「ふうちゃん? ああ、父さんがあげたボードのことか。若葉、まだあの旧式使ってたの?」
「まだってなによ。当然現役!」
「ごめんごめん。で、どこが壊れたか分かる?」
「壊れた…っていうか、部品も無くなっちゃってるみたいで」
「んーそうか…よし。それじゃあ今見てみるよ」
「ほんとっ?」
「若葉ちゃん、まだごはん我慢できそうだしね」
エプロンを外し、父さんはさっそく玄関へ向かった。
直るよね、ふうちゃん……!


「んー……あぁ。これは駄目かも……。フロントも結構イってるなぁ…どんな乗り方したの」
「い、急いでて! で、駄目ってなによっ」
「いやさ、これ相当旧型でしょ。父さんが買った時点でも、ちょっと古い機種になってたんだよね。壊れてる部分がってよりも、部品の問題なんだよね」
「部品って…古いとなんでダメなの」
「今のレイメイじゃさすがにこの年代・このタイプの部品はもう手に入りませんよ。ってこと」
父さんの言葉に、呆然とした。
「じゃ、じゃあ直らないってこと? もう一生? ほんとに?」
「う……多分」
「やっ、やだやだやだ! どうにかしてよ父さんっ」
「どうにかって参ったな……やだって言っても、若葉ちゃん自分で壊しちゃったでしょ?古い型だったし、新しいの買ってあげようか?」
ぐっ、と言葉に詰まる。
こんな時に言うのも何だけど、父さんのこのしれっと図星指してくるところって、その――

「わ……若葉ちゃん?」
「若葉ちゃん? じゃないよ。もういいっ、父さん嫌いっ」
「ええー!?」
嫌いなんて言うつもりなかったけど、もう後の祭りだ。私は慌てて部屋へ駆け込む。
「若葉ちゃん、カレーは食べてよぅ」
「無理、食べたくない。もお寝る。おやすみっ」
「そんなぁ」
ついてくる父さんを振り切って、自室のカギをかける。
扉の向こうで、残念そうな父さんの声が聞こえていた。
「おーい若葉ちゃん、今のはわがままだぞー。うう、誰に似たんだろう……」
(自分でも分かってるってば……ていうか私、父さんしか顔知らないし)
「パパの愛娘にしては、ちょーっと気も強いんだよねぇ」
(強気で話さないと、父さんいっつも嘘ついたりはぐらかしたりしたからじゃないっ……ふぅ)
分かってる。昔はともかく、今のに関しては私が悪い。
自分のせいでふうちゃんを壊し、その上父さんに八つ当たり。17歳のすることじゃない。それでも…
「新しいの買ってあげようかなんて……人の気も知らないでっ」
(フェスだけは上手くいったのになぁ)
凹んだ気持ちを持ち上げようと、楽しかったことを思い出そうとする。
――ぐぅぅ……
(はぁ……)
傷心とは無関係にお腹は鳴る。
そんな自分がイヤになって、私はエアベッドへ倒れ込んだ。

当然、夜が更けるにつれお腹は減る一方。
父さんが寝たのを見計らって、私はちゃっかりカレーを食べた。
「うまっ」
私の分だけすぐに食べられるように、父さんはお皿に取り分けて置いておいてくれた。
母さんがいない分以上に、父さんは過保護ぎみだ。
「ん。ごちそーさまっと。……父さんに、ごちそうさまメモでも残しときますかねぇ」
睡眠も取ってお腹もいっぱいになったら、さすがに気分も落ち着いてきた。
ふうちゃんのことは父さんだけに頼るんじゃなくて、私もできることを探していこう。


――コンコン。
「おはよう、涼風若葉さん、起きてるかな?」
「ぅえ? ぁ……は、はいっ、聞いてまへんれひたっ」
先生に起こされたと思って、私は慌てて飛び起きる。が、すぐに騙されたことに気付いた。
「ちょっとぉ。父さんそれ止めてよ。寿命縮む……ふわ」
扉を開けると、すでにスーツに着替えた父さんが立っていた。今日も追試の監督でもするんだろうな。
「おはよ。毎日大変だね」
「いえいえ。それより朗報だよ。ボー……ふうちゃんのこと直せるかもしれないんだ」
「ほんと!?」
「“かも”なんだけどね。詳しくは共有のインボックスを見てみて。分からないことはすぐ聞いてくれていいから」
「う、うんっ」
「じゃ、今日はちょっと急ぐから。行ってきまーす」
ぽんぽん、と私の頭を撫でて、父さんはもう行ってしまった。
「……あ、ありがとう。行ってらっしゃい!」
「いえいえ。若葉ちゃんこそメモありがとね~」
父さん……物腰や普段の生活はのっそりしてるのに、意外と行動は早かったりするんだよね。
すっかり目が覚め、私は休日の二度寝を諦めた。
歯磨きや着替え、朝食の準備をしつつ、私は父さんが用意してくれた資料をチェックする。
「動画って…ホント父さんはマメだねぇ」
『――昨日の部品の件だけど、ファルネではまれに流通してるらしい。向こうの知人に聞いたら、現物を持っていけば修理できるかもって言ってくれたよ』
「やった! ……でも、ファルネ?ってどこだっけ?」
『そうそう、ファルネというのはご存じの通り中立国・ファルネのことだよ。昨日の論述問題で“世界は2つに分かれ~”って書いてた言ってたけど、厳密には違うからね』
「うっ」
この動画、録画データのはずなんだけど……まあいい。
『で、だ。修理できるかの確証がないのと、最近国外はちょっと物騒だから……父さんとしてはあまり行かせたくないんだけど。
若葉ちゃんは多分行きたがるかなと思って、資料をまとめておきました。この件については該当の資料を見るように。で、続いては――』
「~~っ、ありがと父さん、最高!」

私は外泊するつもりも無かったので、ふうちゃんと最低限の荷物だけ持ちリニアポートへやってきた。
元々、ムダなものは国外に持ち出しできない。加えて、出国するには5時間は見ておかなければならないから。
「え~と…次はどこで検査だっけ」
国民生体IDの確認に始まって、荷物検査、健康診断に思想テストなどなど。審査は数多く、念入りで、莫大な手間と時間がかかる。チェックインするのにも一苦労だ。
愛しのふうちゃんは、難関の荷物チェックを通過し、一足先に機内へ運ばれた。
2国が分かれる前の製品だったから、レイメイ独自技術の持ち出しに当たらなかったのが幸いした。
(てことは、ウィルヴィクターは国外に持って行けないのかな?)
ともあれ、到着後は直接お店へ届けるよう手配したので、しばしのお別れだ。
「はあ。問題は私の審査か……うわぁ、さすがに祝日とあってすごい行列」
一番厳しいのは、もしかしたら各審査ごとに課される耐久力テストじゃないだろうか。というくらい、ありとあらゆる場所から長蛇の列がはみ出している。
父さんはそれを見越していて、ヒマつぶしのレポート課題を私に出していた。
なんとなく負けたみたいで悔しいけど、やるしかないか。

朝9時にポートに到着して、リニアへ搭乗できたのは15時手前だった。
リニアには窓が限られた場所にしかなく、私は外を見ることもないまま作業に没頭していた。レポートは終わり(奇跡!)、今は新曲を考えたりしている。
(やっぱ、ファルネに行ったらインスピレーションとかもらったりできるのかなぁ。あんまり私の趣味と合わない風土っぽいけど……んふふ)
我ながらバカな妄想に耽りながら、曲を書き留める。
こまきにも言われたけど、私の曲の作り方はちょっと変わっているらしい。
感情を言葉にする方法と、既に完成されていたような旋律が浮かんでくるものを書き写す方法の二通りある。
後者は“書き写す。”そういう表現がしっくりくる。
曲はたくさんあるに越したことはないから、するする思い出せる日は積極的に書き写すことにしているのだ。
ファルネまでは実質2時間。そこから、目当てのお店がある【第2商業地区】へ出るのに半時間。あとはお店まで徒歩で10分。
歌に没頭していれば、目的地なんてすぐだろう。


to be continued...

第一節 「ファルネ」-C


coming soon !